毎回ゲストを迎えて、「プリ帳」から日本のガールズカルチャー史をひも解く連載企画“プリ帳ヒストリー”。
第17回のゲストは、TV番組の制作スタッフ・磯崎千絵さん(37)。茨城・栃木で育った磯崎さんに、プリが誕生し大流行した中学生時代のことなど、お話を伺いました!
シンデレラテクノロジーを研究
フリュー株式会社で広報を務める
「SHIBUYA109lab.」で所長を務める
プリが誕生したのが1995年なので、磯崎さんが中学生の頃ですね。プリを知ったきっかけは何でしたか?
中学時代、白いたすき掛けの学校指定カバンを使っていたのですが、開くと時間割を書くところがあって、中3の頃、そこにプリを貼るのが一気に流行したんです。友達が貼っているのを見てプリの存在を知り、私も撮って貼るようになりました。
最初は、学生カバンがプリ帳代わりだったのですね!
そうなんです。そこを埋めていくのがとにかく楽しみで!カバンに最新のお気に入りのものを貼って、そこから溢れたプリはこちらのプリ帳に貼っていました。交換もめちゃくちゃ流行りましたね!
この頃プリは16分割が多かったので、交換しやすいですよね!共学の学校に通っていたということですが、男子とも交換をしていましたか?
男子もプリは撮っていましたが、貼ったりしていませんでしたね。男子とプリ交換をしたことはないかもしれません!
プリはどんな時に撮りに行っていましたか?
休みの日にプリを撮るために出かけたり、学校帰りに撮ったり!近所のショッピングモールのプリ機にかなり並んだ記憶があります。そういえば、当時ボタンを連打すると裏技ができたりしましたよね!
この頃の機種は、ボタンを一定回数押したり、ある規定の順番で押したりと、条件をクリアすることで出現する限定の背景など色々な裏技機能がありました。
懐かしいです!
プリ帳は、無印のフォトアルバムを使っていたのですね!
当時、栃木の宇都宮まで電車で1時間ほどかかる田舎に住んでいたので、宇都宮でしか買えない無印良品ブランドに強い憧れを持っていました。
第一回目のゲスト・1980年生まれの稲垣さんもそうでしたが、プリ誕生後間もない時代は、6穴のシステム手帳に貼っているケースが多いですが、この辺りから無印のフォトアルバムに貼る人が徐々に増えていっていますね。
プリ以外に思い出はどう残していましたか?
写真ですね、常にインスタントカメラをカバンに入れていました!当時ジャニーズJr.のメンバーが好きだったのですが、TVドラマに出ているところを『写ルンです』で撮ることも…(笑)!
写真には落書きをしていましたか?
周りはやっていたかもしれませんが、私は性格上、写真に文字は書きたくない派だったので、落書きはしませんでした。
学生時代のあだ名は「ぎっこちゃん。」
プリの交換はどのようにしていましたか?
手紙の中に入れて渡すケースが結構多かったです。
手紙、たくさん残っていますね!
私、小4の夏まで茨城に住んでいて、そのあと栃木に引っ越したんです。栃木に移った後、幼稚園から一緒のめぐちゃんという親友とずっと文通をしていて、そこでプリ交換するのが一つの楽しみでした。ちなみにめぐちゃんとは未だに手紙のやりとりをしています!
文通って素敵!
未だに何かあったらLINEやメールではなく、手紙を書きたくなる時があるんです。余裕があるときは誕生日に日付指定して手紙を出すことも。仕事で取材依頼をするときや取材のお礼を伝えるときも、場合によっては手紙というツールを使っています。
素敵です!なかなか今の時代 書けないですよね。手紙にこだわる理由は何かあるのですか?
めぐちゃんとずっと文通をしてきたことも理由の一つですが、栃木に転校した初日に、クラス全員から「磯崎さんへ」とメッセージが書かれた文集をもらって、それが本当に嬉しかったという経験も影響しています。転校先の先生が「磯崎さんにメッセージを書いて」とクラス全員から事前にメッセージを集めてくれたんです!
磯崎さんのプリを見ると、よく物を持って撮ってますよね!事前に準備をしていたのですか?
いえ!私の場合、プリを撮るために何かを準備するのではなく、プリを撮るときに持っていたものを写していました。今ならきっと大好きなアーティスト「ペトロールズ」のステッカーをプリのカメラに向けますね!
プリを撮影する上で、何かこだわりはありましたか?
プリにはあまり「こだわり」というものがありませんでした。落書きが苦手だったので他の人に任せていましたし。当時、フレームやポーズ、落書き含め「プリをこう撮りたい!」と思うより「その時に一緒にいる人とプリを撮って残したい!」という気持ちが大きく、プリを撮るのが「ご飯食べに行く?」と同じ感覚で一種のルーティンだったように感じます。
当時はプリが、ゲームセンターなどだけでなく、様々な場所に設置されていたので、今よりも手軽だったかもしれませんね。
写真左:テレビ東京のマスコットと/写真右:海外ロケ時の一枚
学生時代、どのような性格でしたか?
私、幼い頃からかなりミーハーだったと思います。小学校の時の卒業アルバムの表紙が自由だったのですが、「同級生が将来有名になったら…!」と思って、クラス全員にサイン(メッセージ)を書いてもらいました。
すごい計画性ですね!
でも恥ずかしがり屋だったので、男子にお願いはできず…。
プリ帳にもいい意味でミーハーっぷりが出ていますよね!「ここにたくさんの人を集めたい!」という思いが伝わってきます。
確かに、学年1かっこいい人とか可愛い人とかのプリをもらうのが好きでした!あと憧れの先輩のプリも。
テレビに出てる芸能人だけではなく、“身近にいる有名な人・人気者“、今でいうインフルエンサー的な要素をもつ人にも注目していたというのが興味深いです!
そもそも TV番組のスタッフを目指したきっかけは何でしたか?
幼稚園くらいの頃、「おかあさんといっしょ(NHK)」の最後に上から降ってくる風船を触っている子どもを見て「何で私はこの風船を手にできないんだろう?」と思って、テレビの裏側に興味を持ったのが一番最初のきっかけですね。
そんな幼い頃から…!
あとは中学の頃から、テレビ番組の最後に流れるエンドロールを意識して見るようになり。女性の人の名前が出るといいなーって、それも憧れの一つでしたね。
なるほど!
磯崎さんが、今の若者に伝えたいことは何ですか?
今の時代、スマホがあるので何でも簡単にみれちゃうじゃないですか。でも、例えば時間を見つけて行きたいライブに行ったり、興味がある映画や舞台を観たり、足を使うのもいいんじゃないかなって思います。行ったことって語れるじゃないですか!時間もお金もかかりますが私は“投資”だと思っています。
時間はかかるけど続けている「お手紙」もそうですよね!
そうですね、手紙も是非書いてもらいたいです。
最後に、磯崎さんにとってズバリ「プリ」とは何ですか?
学生時代は何も考えずにプリをたくさん撮って交換して…とやっていましたが、振り返ると思い出が詰まった宝物、財産といっても過言ではありません!東京にも持ってきていますよ。
今でも見直すことありますか?
はい、見ます!断捨離の時ですら、これは捨てられませんね。
捨てられなくて当然だと思いますよ!
でも元彼の部分は切り取って捨ててもいいかなって思っていて(笑)。
いやいやいや!!元彼が切れないのがプリ帳のいいところです!
デジタルデータはすぐに消せちゃいますが、まさにこれがプリ帳にあってインスタにないものですね!
東京大学大学院博士課程修了(環境学博士)。東京大学先端科学技術研究センター特任助教、東京工科大学メディア学部講師、東京大学大学院情報理工学系研究科特任研究員など歴任。著書に『「盛り」の誕生―女の子とテクノロジーが生んだ日本の美意識』(太田出版、2019)。
好きなものは、ビール、羊羹、芸能ニュース。
今年の目標は、昨年に引き続き、昭和初期を知るおばあちゃんたちとたくさん会うこと。
専門学校を卒業後、2017年新卒としてフリュー株式会社に入社。広報として、プリに関する最新情報や魅力を発信中。
好きなものは、旅行、焼肉、ドライブ。
今年の目標は、仕事もプライベートも新しいことに挑戦すること。
総合マーケティング会社を経て、SHIBUYA109のマーケティング担当となる。
毎月200人のaround20(15歳〜24歳の男女)と接する毎日を過ごしている。
好きなものは、うどん、カラオケ、ドライブ。
今年の目標はSHIBUYA109 lab.所長として若者に関する講演に講師として登壇すること。そして「大人っぽさ」と「透明感」を兼ね備えた女性になること。
東放学園専門学校を卒業後、TV番組のスタッフに。リサーチャーや制作進行を経験、現在はAPとして2つの番組を担当。キャスティング作業に励む日々。趣味は、ペトローズの音楽に浸ること、高校野球観戦。好きな食べ物は、季節の果物(特にスイカ)とポテトチップス(特にア・ラ・ポテト /じゃがバター味)。憧れの芸能人は山口智子さん。目標は、山口智子さんのように素敵に歳を重ねていくこと。
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